昨夜というか12日になったばかりの時間に、偶然という必然でNHKにチャンネルが変わり、
そこで、強いメッセージ性のある言葉に出逢いました。
NHKスペシャルで放送された「沖縄返還密使 若泉敬 密約の代償」という番組の中で知ったものです。
その中に、この若泉氏が書斎に30年飾っていた写真と新聞からの切り抜きが取り上げられたのです。
その写真もさることながら、私はその新聞からの切り抜きの言葉に心が震えました。
それが日記のタイトルでもある、
『小指の痛みを全身の痛みとして感じて欲しい』という言葉です。
これはとてもスピリチュアリズムに則った言葉だと想い日記にしました。
この発言は1970年に沖縄から戦後初めて参院議員になられた喜屋武真栄氏が国会で述べたもので、
その当時も沖縄では米軍が関わった事件が多発していて、
沖縄の人は事件や基地問題に関心を寄せているけれど、
本土の人が無関心な事に憤りを感じ、「沖縄」を小指に、「本土」を全身に例え訴えた言葉です。
私はこの言葉は「沖縄」と「本土」だけに囚われず、総ての出来事に引用したい、引用すべきだと確信しました。
今、地球上で起こっている様々な問題、未だ多くの国で続いている戦争や紛争、
貧困や飢え、略奪や殺人、自然災害や人為的な災害、挙げればきりがありません。
そのどれもに自分には関係ないと無関心になっていませんか?
ニュースにあがらないからと、忘れてしまっていませんか?
これは別に他国だけで起こっている問題ではありません。
この日本でも目に見えないかもしれませんが、戦争や紛争はあります、
目に見えない分余計に人の心は病んでしまいがちです。
この物が溢れている日本ではあり得ないほどの飢えがあります。
それが様々な事件を起こしているのです。
連日事件ががありすぎて、心が麻痺してしまう程です。
そこには、人が人の痛みに無関心になり、
自己中心的な考えに囚われてしまってるという闇が隠されているとは想えませんか?
私にはそう想えてなりません。
人の痛みがわからないから、立ち直れないほど人を傷つけてしまえるのです。
自己中心的な発想で、幼稚さで感情を爆発させてしまうのです。
皆さん、今日常で起こっている事の無関心にならないで下さい。
どこかの小国で起こっている事でも、地方の知らない土地で起こっている事でもありません。
それは自身の、誰かの心の中の、争いや飢えが、不安や不満が浮き彫りになっているだけかもしれないのです。
そう理解して下さり、関心を持ち、
あなたのほんの少しの時間でもよいから改善に心を配るなり、祈るなり、行動して下されば、
小指の痛みを全身の痛みと感じる事に繋がるのではないかと想っています。
それが、家族や地域の『平和』や『幸せ』に繋がり、
延いては国の、地球全体の向上に繋がるだろう、とのメッセージを受け取った
今日この頃です(●^o^●)
長い日記にも関わらず、最後まで読んで下さりありがとうございました!
スピリチュアルアドバイザー奈々
2010年10月12日