先日、緊急避難準備区域の解除と福島のお米の安全宣言とがされましたね・・・。
私はあのニュースをみて驚きと哀しみ、そして怒りに近い感情が芽生えました。
『安全』をアピールして、早く農業の産業の復興させたい、という気持ちはわかります。
ですが、現実をきっちり伝えて、除染をもっとしてから解除をするべきだと想いましたし、
どんなに苦しくても、悲しくても、悔しくても、もう戻れない土地がある事を伝えて
『現実』を理解してもらえるよう接する事が大切なはずです。
食物の安全性についても、
原発事故後の3月17日に厚生省は慌てて原子力安全委員会の指標値を暫定基準値と定めました。
原子力を進めてきた委員会がだした数値です、私にはとても信頼できるものではありませんでした。
通常の食べ物もそうですが、
水や日本人にとっての主食である、お米の『安全』はもっと慎重に判断すべきだと想うのです。
特に子どもたちや妊婦さんには、これ以上ない、という程慎重な対応をするべきだと確信しています。
こういう事を言うと、すぐに『風評被害を煽るのか』と批難されることもあるのですが、
『風評』という根拠のない噂や憶測でものを言っているのではありません。
多少でも原発事故や放射能汚染の事を学べばわかるはずです。
どこかで気づいているはずなのです、『安全』とは言えないと・・・。
緊急避難準備区域を解除したしたからといって、汚染がなかった時に戻れるわけでは無い、という事を・・・。
そもそも『安全』とは、どういう事を指すのでしょうか?
辞書で調べると、安全とは、危険がないこと。被害を受ける可能性がないこと、とありました。
被害を受ける可能性はあるのです。
それを『解除』や『宣言』という形だけ整えても意味がありません。
先走る想いから、様々な安全宣言をした方々は、いづれ自責の念に駆られることになると想います。
汚染の危険性を知った上で安全を推奨した人たちは、雲隠れか、自分では無い『誰か』の所為にして言い訳する事でしょう。
このままでいけば、近い将来多くの方に放射能汚染の被害が出てきてしまいます。
ヒステリックに訴えるでもなく、人事の様に無関心になることでもなく、
自分の心や体の健康、愛する存在の健やかな未来は自分たちで守る、という自立心が今必要とされているのです。
皆さんも、ぜひ考えて、調べて、選択してみて下さいね。
スピリチュアルアドバイザー奈々
2011年10月16日