先日、三重県の伊賀に住む友人から手紙が届きました。
それは首根っこ捕まえて三重に連れてきたかった子の面接の結果が不採用だったと一報があった日。
手紙を読む前から次の手を考えていた私に、まるでエールの様な内容が書かれていました。それが今日の日記のタイトル『人を再生させてくれる人』『あきらめない人』が私を言い表す言葉だと(*^_^*)
こそばゆいですが、昔から私の根本は変わっていないのだな、と教えてもらえたようでとても嬉しかったです。
そこから本当に次の手について渦中の本人と連絡をとり29日のラストチャンスな面接を準備だてたのですが・・・。
結局26日にその子が『どうせ母さんは俺に出てってほしいいんでしょ』と家を飛び出し、29日のラストチャンスは掴まずドタキャンでした・・・。
完全なるコミュニケーション不足。それこそ長年の愛の電池不足からくる誤作動の連続はとまりませんでした。
母親と亡くなった養父と幼い時にカラオケにいって、高得点だして、その特典でデザートをもらえたのがとっても楽しかった思い出だ、と語っていたU太。
いつまでも貰えない愛情を追うのではなく、親だけでなく、周りの小さな愛情に気付き、自分が与えられる側に成長していけばその寂しさも満たされるであろうにな、と想いますが。
本人たちに今そこまでの気づきと行動ができないのであれば、致し方なし!私はちょびっとの後悔はありますがやるだけの事はありました。後はその家族の問題。
三重に私がいる間も、時々は諦めずU太にこっちこーいとは声をかけるでしょうが、それも本人次第。切っ掛けはあたえるけどそれを活かすはそれぞれが自覚をする事ですね(^_-)-☆
その子もその子の家族も事の重要性はきっとわかっていないのでしょうね。
守護霊の方々は絶対に諦めない方々です。本人が気づき、変わり事が本人の成長に必要だと思われる事は、手を変え品を変え、痛みをもってしても『気づき』を与え続けます。
そしてそこに、自分たちの波長や因果率が影響し、様々な出来事が重なるように起こって来ます。それが『転換期』。
その転換期にどの様な選択をするかがとても重要なのですが、その事に気付かず過ごせば自ずと涙であがなう日がくるだけ・・・。
何故、ヒトはあえて自分自身を、周りを苦しめる選択を繰り返すのでしょうか?
確かに自分を成長させる道は苦しい事もあるかもしれません。
ですが、焦らず、感情に振り回され過ぎず、一歩一歩その道を生きようと努めたのなら必ずや成長し豊かに生きていけるだろうに…。
どうか、どうか、本当に彼らが自分たちが変わらなければいけないのだ、と心の底から理解出来たらな、と想います。
益々苦しみ葛藤が増え、後悔しても遅いという涙を流さずに済む選択をできるよう祈るばかりです。
さぁ!そんな事を痛感した29日は、祖母と伯母とのラストおデート♪
余市に、古平、そして神恵内の勝栄鮨で日本一美味しいお寿司三昧!!!今回はタコの甘さと柔らかさに一番感動しました。
その後祖母の故郷、ニセコに寄り、夕日に照らされた羊蹄山に祖母としきりに感動し無事に帰宅しました。
88歳になった祖母といつまで神恵内のお寿司デートができるかはわかりませんが、後悔の少ないよう過ごしたいな、と想っています。
北海道もあと残す所4日!仕事もブレスレット等もラストスパート!何とか間に合うよう努めます(●^o^●)